ペンデレツキ:広島の犠牲者に寄せる哀歌

オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団(PO)1969/1/10放送live・CD

極めて抽象的なクラスター音楽である。当初8分37秒(時に8分26秒)と題されたことからもそのままの「哀歌」では無いことがわかる。戦後ポーランドを代表する作曲家のフィテルベルク賞を受賞した出世作であり、同時代の西欧の前衛作曲家と一気に歩を合わせることとなった(ペンデレツキ自身は後に作風を変えた)。広島というのは日本人に吹き込まれた後付けの表題とも言われるが、本人は初めて実演を耳にした後、これを説明する言葉をthrenody(ほんとはロマンティックな哀歌ということばより残酷な悲歌ということばが適切だろう)、そして自ら最も適切な表題として、決して忘れえぬカタストロフ「広島」の犠牲者に捧ぐ、としたというようなことを語った(英語のwikiにもそれらしきことが書かれている)。それは楽曲が先にあって、その「雰囲気」を説明するのに「threnody」があり、そこに当時自分が最も重く受け止めていた事象を当て嵌めたということだと思う。これは漫然と聴くだけでは伝わらない。エキセントリックな響きに一度に理解することは到底能わず、私は何度も何度も聴いて初めてわかったようなわからないような気がした。ただの新しい音響、非常なものとして「シャイニング」等に使われてはいるが、それも「雰囲気」に事象を当て嵌めたという意味では外れた用法ではないだろう。精緻な構造と厳しく計算された構成を持つ作品であり、音要素の全てに削ぎ落とされた創意が注ぎ込まれている。荒んだ気分の粗暴な描写音楽ではなく、宗教的な厳粛さを感じさせる細密作品だ(それでいながら演奏者(解釈者)に任される部分もすくなからずある)。音楽というのが妥当なのか、建築物とすら感じる。

オーマンディがフィラデルフィア管弦楽団の豊潤な弦楽セクションを使って演奏したというのは驚きだし、曲の一種清澄さにそぐわないと思ったが、案の定良いステレオ録音であっても、マスの迫力のみが伝わり各要素の特徴はあまり伝わらず、響きの細部も聴きとれない。寄せては返すような音の密度の変化、特殊奏法による音響的なアクセントも、あまりに総じて音が大きすぎて耳で識別しづらい。それが雑味に繋がっている。スピードも速過ぎるのではないか。曲を知っている人が聴くべき録音だと思う。客席は物凄い大ブラヴォである。
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