リヒャルト・シュトラウス:家庭交響曲

ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(MEMORIES他)1959/2/28live・CD

ミュンシュ唯一の記録であり、非正規ライヴ音源なりの状態の悪さであるが、情報量の確保されたステレオなので迫力が違い、解像度もそれなりにある。ライヴだから当然このスピードでミスが皆無とは言わないが恐るべきブラスの力量を見せつける、特に4楽章は圧巻である。リヒャルト・シュトラウスを語るのにまずもって金管しか語られず(一部コンマスソロなど役割を持つ弦楽ソリストも入るが)管弦楽の扱いがきわめて巧みといってもほとんど金管好きないし金管奏者、およびオペラ寄りの大曲好きしか話題にしようとしないのは一曲でも聴けばわかることで、せいぜいウィーン情緒をかもすフレーズ(モチーフ)や響きが弦、木管により担われるだけで、聴き映えがするのは決まってホルンが吠えトランペットがトレモロを吹くような部分ばかりだ。したがってブラスに圧倒的なメリットを持つアメリカオケに、ミュンシュのような強力な統率者が加わるだけで成功が約束されているようなものである。私のようにたとえ表題があったとしても「交響曲」である以上中核には抽象的なものが存在してほしい向きは退屈さと腑に落ちなさで二度と聴かない類の曲である(明確な内容の対比を示す四楽章から構成されているとはいえ、どう聴いても同じムードに支配されつながった3部に終幕が加えられた長々しい「無歌詞オペラ」としか聴こえない)が、この演奏は奇跡的に最後まで聴けた。ミュンシュBSOコンビでもかなりコンディションの良かった演奏だと思う。強権的とすら感じられるミュンシュにはアルザスの血をも想起させる中欧的な色がしっかりあらわれている。ウィーン情緒的な部分はどうでもよい、中低音域の轟音は緩みない奔流を作り出し、超絶技巧を前に負けるわけないだろというブラス陣の底力も聞き取れる。

同じような調子が続くこの曲もアルプス交響曲もそうだがリヒャルト・シュトラウスにとって表題交響曲は型式的な交響曲ではなく表題をもつ拡大された交響詩であり、細かく配置された無数の具体的モチーフ同士が音の律動によって舞台上で演劇を繰り広げるものだ。この曲をそういった前知識なく聴くのはほかの短い曲より難しい。アルプスのように想像のしやすいダイナミックな気象を相手にしているのではなく、夫婦と子供という登場人物のおりなす生活の機微を大げさに増幅してやっている。しかしミュンシュ盤は前知識なく聴いても「わかる」だろう。その意味で稀なる演奏といえる。
関連記事
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

プロフィール

岡林リョウ

Author:岡林リョウ
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
リンク
カテゴリ
TAG

ストコフスキ 四重奏団 フィテルベルク ミュンシュ トスカニーニ コンドラシン バルビローリ 作曲家 モントゥ アンセルメ 作曲家演奏 ブール エネスコ ガウク ミトロプーロス ロスバウト サージェント オイストラフ フランセ ワイエンベルク ORTF アンゲルブレシュト サモスード デゾルミエール イワーノフ ゴロワノフ ムラヴィンスキー ピエロ・コッポラ モイセイヴィチ ベーム セル クーベリック カルミレッリ シュヒター バーンスタイン ビーチャム パシャーエフ ツィピーヌ アルベール・ヴォルフ パレー ウォレンスタイン アラール オーマンディ サモンズ 山田一雄 ロストロポーヴィチ シェルヘン モートン・グールド ギレー モイーズ 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード