ワグナー:「タンホイザー」~序曲とバッカナール

トスカニーニ指揮NBC交響楽団(m&a/WING/guild/IDIS/youtube等)1954/4/4カーネギーホールlive放送・CD

引退のきっかけとなった有名なオールワグナー演奏会の、失敗とされる記録である。最初にCDで出たときには大変な話題となった。当時はこういう「失敗録音」は演奏家への冒涜という感覚がまだマニアにあったのである。そのイメージからか、バッカナーレ途中(通して15分過ぎ)記憶が飛び演奏が中断した、それが引退の引き金なる話があったがもちろんNBC交響楽団もアマチュアではないし長年トスカニーニの指揮を受けてきただけにそんなことにはならない。演奏自体は完全につながっており、通常事故の範疇におさまるものになっているのは客席反応より伺えるところだ。実況がトスカニーニの異変と演奏の細かな部分を過大に受け取って急遽ブラームスの既存録音を放送に差し挟むというおかしなことをやった故そのような話になったのだろう。実況放送まるごとというのがDAあたりで出ていたとも思うが、今は確かめようがない。

ステレオ録音である。最初音質の悪さに辟易したのか、これを疑似ステレオと批判する向きもあったが、21世紀になりリマスター再発にあたって改善され、厚い響きと不安定ながら位相がしっかり舞台配置に沿って捉えられているので間違いなく(実験的であろうが)ステレオ録音である。GUILDは独自リマスターにあたりこれをなぜかモノラルにしており、しかも音も籠もって悪く、何がやりたかったのかわからない。情報量が格段に違うのでステレオを選ぶべきだ。

ちょっと他の指揮者が単品でやらないからであろうか、ゆるやかなバッカナールに移行してのちは音だけではちゃんと振っているのか記憶が混濁して手を下ろしているのかわからない(明確にわかるという人もいるが私はわからない)からこそ議論も湧くのだろう。正直気になるのはむしろ冒頭からの序曲の方で、悲愴でも感じられたテンポの弛緩には既に引退したがっていたともいうトスカニーニの苦しさが出ている。だが録音の良さもあって響きは重厚でアンサンブルは明確、前へ向かう力強さは減退してもこれはしっかりワグナーである。

大づかみの要所はいいが、細かく聴けばらしくなさ全開とは思う。ただ還暦過ぎてやっと録音時代の到達したトスカニーニ、セッション録音であってもらしくないようなミスに近いものが織り交ざることはあったわけで、そもそもトスカニーニ幻想をいだきすぎる聞く側にも問題はある。序曲の段階で既に、らしくない手探り感が部分的に感じられるが、ライブだけにたまたま調子が悪かった、と言うと悲愴の演奏ぶりの説明がつかないので確かに衰えはあったのだろうが。

記憶障害で振れなくなった、というのは目撃証言もあるというが、バッカナーレについてはとくに、このくらいは他の指揮者なら全くアリである。これがスヴェトラーノフだったら陶酔的なテンポと詠嘆の表現を尽くし、オケに全てを任せて振るのをやめたのだ、で済む話だ。偶発的名演だとすら思った。ワグナーファンが飯を吹くだけで、トスカニーニ信者が伝説を拡大するだけで、これ自体はふつうに「NBC交響楽団withトスカニーニ」の良いライヴ音源だ。
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